落ち着いた日々
梅雨に入って少しまた肌寒くなってきました。
いつもだったら母は体調を崩し気持ちが悪い、腰が痛いなどと言っていた時期だと思うけれど、今年は多少平穏に過ごせそうです。
去年は病院に連れて行ってくれと言って診察を受け、全く異常がなく先生に病気を作り出してはだめだ、とはっきり言われ、異常がないとわかるとコロッと元気になっていた。
今年は違う。長年の感情の起伏も、今が一番ないのではないかというくらい毎日不平なく過ごしている。
父の介護、見送り、自分の衰え、それらが目まぐるしく過ぎていき、今やっと落ち着いたのかもしれません。
それにはもちろん私の接し方の変化も関係しているでしょう。
今までは認知症が進まないように食べ物を制限したり逆にこれを食べてと押し付けたり。運動して?ここに通ったら?等まあ良かれと思ってヤキモキ干渉していました。
今はもう極力干渉せず、食べ物も好きな時に好きなものをという感じで菓子パン、バナナ、定番のお菓子は常備。スーパーで見つけたときは大好きなあん入りお餅や赤飯を買う。
サプリ的なものは昔から何かしら摂取してきた人のようで、あると安心するみたい。なので今はビタミンCと亜鉛をいつも常備するようにしている。
すると毎朝キチンと飲んで、何かしらのパンとヨーグルトとバナナなど自分で選んで食べている。そしてそれらをノートに記録するようにしたようだ。少し前まではメモ帳に書いていて、バラバラに散乱していたが、買っては忘れを繰り返し大量に積まれたA4のノートをわかりやすく出しておいたら、それに書くようになった。
おそらくそういったルーティンが確立されてきたのも落ち着いてきた一端を担っているのでしょう。
目に見えて衰えてきているけれど、気持ちが落ち着いているようなので、大変ありがたい状態だと思います。
毎日テレビと庭いじり、定期的に図書館で本を借りて読んでいるよう(連れて行ってもらっている)。3か月に1度の女子高時代の知り合いの食事会。
適度に外とのつながりもあり、この状態が長く続けば、、と願うばかりです。
母が変化する日常
寒さのピークが過ぎたようで、もちろんまだまだ寒い日は続くけれど、ここから三寒四温を繰り返していくのでしょう。
さて母ですが。
トイレ問題は前回とかわらずパットを使っていて、3・4日で10Lのごみ箱がパンパンです。
1日中テレビを爆音で聞いていて、ほとんど動きません。洗濯も前ほどしなくなり、1か月に1回してるかしてないか?くらいため込んでいます。(なぜならパットがあるから漏れも少なくなっているのでは?でも洗濯するときは大量のパンツとズボン。どうなっているかはなぞ。知りたくもない)
変化はここから。
料理を頼むとしてくれるようになりました!
前は億劫がって絶対にしませんでした。
もちろん自由にとはいかないですが、これとこれを使ってあとは適当に。というと作ってくれます。煮る、ゆでるが多いですね。
私がその場にいると、何回も同じことを聞いてきて進まないので、使ってほしい材料をすべて出しておいて、ざっと説明をしてその場からいなくなると、自分の好きなように作っています。
私がいると、これはどうするの?煮るのと焼くのとどっちがいい?など延々ループで進みません。(さっき言ったことを覚えていません)なので出来上がりは当初の説明と違うものができていますが、そんなことは些細なことです。(というかボケる前から人に聞いたことといつも違うのもを作っていたので慣れっこです)
2・3年前は自分の朝ごはんに目玉焼きとか作ってたと思うけど、最近はそれすらもしなくなっていたので。(でもフライパンに蓋をするとき広告の紙で代用したりと狂気の沙汰を繰り広げるのでしなくなって安心)
おそらく、2・3年前は段取りがだんだんわからなくなってきたことを自覚しだしたのと、いろいろ考えられなくていやになっていたのだと思います。その時期を過ぎて、次のステージに立っている気がしています。(もちろん私も、料理を作ってほしいということは言わなくなっていました。最近面倒になってそろそろいいか、という気持ちで明るく頼んでみたら、以外にもしてくれたので、ここ最近は頻繁に頼んでます。やはり私の負担がへり、楽になりますね)
さてさて、これからどうなっていくんでしょうか。
やっと対応してくれた
年の瀬になりました。
ふと前回の自分のブログを読んでみたところ、あ~そうだったな~こんなことあった。7月だったんだ。と自分の記憶のあいまいさに驚くとともに記録って助かるな、と思い今回も書こうという気持ちになった次第です。
今回はトイレの事。
以前からすでにトイレには間に合わなくて、座るところに何とか使い捨てシートを置いて頻繁に取り換えていました。(これも最初は拒否)
おむつや尿漏れパッドは渡しても拒否。(なので苦肉の策としてのシートでした。何回ソファーの上その他でやられたことか。。車のシートはほんと勘弁してくれ。。)
所が超薄型の大容量パットを見つけたので置いておいたらそれをたまにつけるようになりました。(おむつっぽくならないのがポイントなのではと思っています)ただその使用済みパットを自分の部屋の普通のごみ箱に入れたりパットが入っていたビニールに入れたりと、隠すようなことをするので困っていました。
10Lの蓋つきゴミ箱を買って、部屋に置いてここに入れてねと言ってもダメ。
他のごみ箱を隠してもダメ。
しかもいつもつけているわけではないようで、ソファの上のシートは毎日汚染。
パンツズボンの洗濯物は尋常じゃない量。
所が。11月ごろだったかな。ついにトイレの中に使用済みパッドを置くようになったので、ゴミ箱をそちらに移動しました。ついでにパッドもトイレの中に移動。(今までは母の部屋の中)すると今回はスムーズにそのままトイレで完結してくれるようになりました。
長かった。。尿漏れから1年半以上たってるのではないかな。自分の衰えに納得するのにそれだけの時間が必要だったのか?それともそんなことも忘れてしまった?
でもそのごみが、ゴミの日の間隔、3・4日で10Lがパンパン。なのでパットも頻繁に購入しないといけないし、何より臭い。不快です。
切迫性尿失禁なのかなあ。20個入りのが3・4日でなくなるから1日5個以上は使ってる計算で。しかもパンパンだからちょっとした失禁ではない。市販薬もあるみたいだけど、82歳だとどうなんだろう。
漢方薬みたいなのもあるので飲ませてみようか。。
(細かいことを書くと、部屋に隠しているときに順調にパッドをつけていると、当然ゴミ箱がすぐいっぱいになるので、それを私がすきを見て捨てると、またしなくなる。そしてシートにする。の繰り返しがありました。なぜなんだろう。ごみを捨てられることがプライドにさわったのか、でも捨てないと誰が捨てるんだ?それともゴミがなくなってるからつけていたことを忘れた?その辺ほんとにわからない謎です)
母の病気アピール
1年半ぶりになりました。ブログを書こうと思ったのは母の症状を記録しておこうとおもう出来事があったから。ほんとはもうこのブログを削除しようかと思っていたところ。
今年も猛暑でものすごく暑がりの母は頻繁に熱を測るようになり、そのほとんどは36°台のようだがたまに37°になると病気アピールをしてくるようになった。
もともと平熱が高い(36.2~4)し、(昔は高いことを自慢気に行ってたのに今は高かったことを忘れているよう。都合が悪くなるといつもこうだ)声の張りや動きをみていると、病気ではないのは明らか。腰が痛いという頻度もふえ、そりゃ1日テレビを見るだけで座りっぱなし、少し前は(これだけ熱くなる前)庭の草取りに精を出していたから、痛くなるのは当たり前。単純に運動不足。
もともとヒステリー体質だから、思い込むと悲劇のヒロイン。病院に連れていってほしいと言ってきた。
病院の通院は姉の役目だから頼めばいい。毎日電話してるんだから。というと、毎日なんか電話してないという。いやしてますよ。なぜ姉に頼まないんだろう。
明らかに病気ではないからほっとこうかとも思ったが、その日の夕方に連れていくことにした。(それまで経口補水液OS-1を毎日飲むようにコップに入れて運んでたし食事、おやつも気を使ってたので熱中症ではない)
病院につくと最初に問診票を書くよう言われたので書いてもらった。記録したいのはこの時の事。自宅住所の最後の番地の数字が違っていた。電話番号もわからなくなっているっぽかったので、声を出して誘導したら思い出したのか書けた。
そしてちょっと衝撃だったのは、自分の生年月日の生年がわからなかったこと。
月日は分かったが昭和18年がわからなかった。今日の日付はもちろんわからない。
診察がはじまる前に尿を取り、結果が出てから診察があった。
先生は私の味方だと感じた。
尿検査や問診票をみて、異常はなかったと断言してくれた。そして、自分で病気を作り出している、異常はないから。日中午後は体温が一番上がる時間。頻繁に計って自分で病気を作り出してはダメ、とはっきり言ってくれた。私は無言でうんうんとうなずいて、心の中で先生ありがとうといった。
病院が終わり、帰る前にスーパーで夕飯のお弁当を買って帰ろう、といったら喜んで「いこう」と言い、うどんとミニカツどんがセットになったものを買った。
帰ったらぺろりと平らげ、それまで自室にこもってたのがリビングに戻った。
なんて現金なんだ。(しかし次の日からまたもや自室にこもりだした)
しかし体力が落ちている+認知症が進んでいるのは明らか。
でも私にできることはない。きちんと距離を取って最低限の声掛けをする。以上。
食事の用意、尿パットの補充、シート交換、衣服の入れ替え、等食事の用意以外は気づかれないよう影武者のようにささっとタイミングを見てやっている。
ずーっといままでリビングにいて爆音でテレビを見ていたのが、自室にこもっているのでなんかストレスが減ったかも!音漏れはなぜか変わらず爆音だが、リビングだとキッチンが丸見えの作りなので一緒に部屋にいる感じで、下に降りるたびにストレスだったんだなあ!!
介護度が上がってる心配よりも今はこのストレス減をかみしめよう。
家族との調和を見つける日々
タイトルはいつのまにかついていた新機能
AIタイトルアシスト
を使ってつけてみた。
前回の記事から大分間があいた。
自分の事でちょっとしたことがあり、何もする気がなくなってしまい、何もせず今に至る。
家の傾きも、親戚に話を聞いてもらったことで焦る気持ちがなくなり、パキパキ音はしているが(笑)、まあ1~2年内にすればいいかという気持ちになった。
確定申告も毎年ぎりぎりになって腰をあげるが、今年も今週ようやっと会計ソフトに入力まで終わった。毎年お正月からずーっとこのことで憂鬱になるが、自分は結局早めにはやらないのだから、やらない自分にいい加減慣れたい。
というわけで、自分の事で頭がいっぱいになっていたら、母の事が気にならなくなっていた。
1日中テレビを見ているだけ、起きるのは大抵お昼ごろ、やることは自分の洗濯だけ。
今までだと、もっと散歩など運動してほしい、夕食の準備も週1回くらいはしてほしい、テレビの音が大きすぎる、などなどイライラしていた。
しかし、2か月間自分の事にかまけている間に気づいた。母も体力がかなり落ちている。私がワイワイ言ったからといってやれるような体調ではないのだなと。
私は自分のために、母の体が弱ると困るから、もっと動いてほしいと思っていた。
しかし、この2か月の間、私が体調悪く、夕食の準備が19時を回っても始めないと、自分で何か作っている。(大抵目玉焼きだが)
ご飯も、お昼でジャーにあったものがなくなっていると、炊いておいてくれることがある。
その頻度をみていると、やはり今までの私の要求は母には高すぎたのだなと思う。
テレビの音も、今は暖房をつけているので扉を閉めているのもあり、(厳密には猫のために少し開けている)2階にはそこまで聞こえない(または私の耳も遠くなった)そして、私がやいやい言わなくなったので、たまに私がいると自ら気づいて音を下げることもあるようになった。
母も母なりに気を配って生活をしているんだなと改めて気づかされた。
そして今は私に対する要求もほとんどなく、(前は花見に行きたい、おいしいものが食べたい等要求していた)それなりに機嫌もよく過ごしている。
これが当分続けばいいなと思う、近況でした。
家の傾きその後
家の傾きを業者の人に見てもらい、2部屋中1部屋の見積もりを出してもらった。
見てもらう前までは、家全体が傾いているように思っており、ネットで見る修復の金額に恐々としていた。そしてなすすべもなくただただ恐れて、老後資金が足りるのか、ただただ不安で精神的にも参っており、家が崩壊するのではないかといった恐怖に駆られていた。
が、いったん業者の人に見てもらったところで、とりあえずできることからと思い、大量にある本を多少売りに出し、残りは1階に持って降りて、2階の重量を少しでも減らしてみた。すると少し気持ちも落ち着いて、傾きもましになった気がした。
そして見積もりが出るまでの間に、親戚の人が家によってくれた時にこの話を聞いてもらった。そこのおうちは築66年だったか、2019年に建て替えるまで住んでおられて、昔の家なので、基礎は石で、その上に家がのっていたとの事。そしてある時台風で家全体が傾いてしまったが、そのまま住んでいたと言っていた。
お茶を飲んでもらってる部屋を見渡して、建具もまっすぐだし亀裂もないから大丈夫といってくれた。
2階の傾いている部屋の壁は亀裂がいくつか入っているが、建具は歪んでない。
自分の不安をきいてもらって、いろいろ話したことで、とても精神的に安定した。
そしてその後見積もりが届いて、その金額を見て、心底ほっとした。作業としては、床板をはがして根太を調整する。はがしてみた感じでもしかしたら壁も一部はがすかも、ということだったが、それでも払えそうな額だった。
不安が妄想を招いて、ここ1か月大変な精神状態だった。介護とはまた違うしんどさ。
大切なことが2つわかった。
1つはやはりお金。何はともあれお金はある程度ないと精神がやられる。
そして2つ目は人。親戚以外にも知人に話したりしていたが、話せる人がいると大分違う。特に親戚のように経験者だとかなりの安心感がある。人脈は大切だ。孤立しないようにしないとな。
お金の不安から、家が崩壊する妄想になるのだから、恐ろしい。
家の傾きと自律神経
父のお兄さんの1周忌法要も10月に終わった。
お兄さんの娘さんの一人、父にとっての姪御さんは今は遠方におられ、父の法要などには来られなかった。その代わり沢山のお供え(お金・お花・お菓子)を頂いていた。(父とお兄さんは年が17・8歳離れているので、その子供さん達とのほうが年が近い。そして父が家を出るまで一緒に住んでいたのだ)
お返しは絶対にしないで!といわれていたので、どうしようかと考えていた。おそらく父親である父のお兄さんの1周忌法要に来られると思ったので、事前にうちに寄ってもらうことを言うとまた気を使わせてしまうと思い、当日にうちに来てもらうよう頼んだ。(ほかの親戚の方の家に行く予定を変更させてしまったので、ご迷惑をかけてしまったが)心よく来てくださり、お墓にも参っていただいて、駅までお送りした。お返しのお菓子を用意していたが、荷物になるので郵送した。
これでひと段落ついた、と思ったら、仏壇にご仏前のお金を頂いていた!お歳暮の時期に何か送ればいいかしら。。と思いとりあえず終了。
ひと段落つくと、家の事が気になりだした。築32年以上の我が家。ほとんどメンテナンスをしてないのでがたが来ている。
一番気になるのは家の傾き。2階は2部屋あるが、どちらも傾いていて、めまいがひどい。怖くなったので水平器を買い、傾きを調べてみた。
場所によってまちまちだが、南向きの出窓は南に向かって0.35°、部屋の隅はひどいとこだと0.65°。そのほか0.3~0.45°など。

うわ~ひどいな~。
次から次へ、心配事はつきません。見積出してもらうのも怖いし、手配するのも大変。お金が潤沢にあれば、迅速に対応できるのになあ~。
でもめまいはひどいので、早くやらなければ、、。ああ。。ああ。。
